2013年07月27日
アイルトン・セナ

何人たりともオラの前は走らさねェ
昔、ハンドルの壊れた
子供用の乗用玩具を持ってましてね。
まあ正直言えば拾ったんですけど、
それに初代乳母車のゴンゴン車の名前を与え、
田舎の数百メートルに渡る坂道を
当然ノーブレーキ、
抜群の体重移動だけで駆け抜けたら、
第2コーナーにある恐ろしく邪魔な用水路に
豪快に突っ込んだことがあります。
足の肉、エグリました。
多少の怪我には動じない僕が、
風呂にはいるときに傷口がしみないように
足を上げて入ったほど、エグリました。
今でも冬になると、その時の傷が痒みます。
pia masaです。こんにちは。
アイルトン・セナが好きでした。
別にF1が好きで見てたわけでもなく、
ドライビングテクがどうとかいうコトもわかりません。
それでもセナという人間が好きだったんです。
だから事故で亡くなったと聞いた時には
本当にショックで、
それこそセナの死を伝える番組を
食い入るように見て、しんしんと泣いてましたね。
そしてそんなセナの死から19年。
僕はまた、セナという人間に涙しました。
1989年、鈴鹿でのF1日本グランプリ予選。
当時ホンダが導入した
アクセルやエンジンの動きを記録し解析する
「テレメトリーシステム」。
そのシステムに記録された
世界最高ラップを樹立したセナの走行データを元に
24年前、セナが奏でたHondaサウンドが
再現されたんです。
夜の鈴鹿に響き渡るエンジンの咆哮。
過ぎる光の矢に、
僕ははっきりとセナを見ました。
【動画】 Sound of Honda
鳥肌と涙が止まりません。
【おまけ動画】メイキング
ちなみに、割りといい年になってから
久しぶりに例のゴンゴン車で、
田舎の坂にアタックすることになりましてね。
良い感じで恐怖心も和らいでたので、
坂の頂上、いわゆる超ハードモードの地点から
スタートしたら

第1コーナーでダメでしたね。
いい具合に土手に突っ込みました。



web shop piace-ピアチェ- ぜひご覧ください。