日々是好日

先週久しぶりに空港に足を運び思い出した過去がある。
男の思い出話なんてのは、退屈なだけかも知れないが、良かったら付き合ってくれ。

あれは３年ほど前のことだったか、日帰りで東京に出張する事になった。
仕事は只の打ち合わせだったので、何の問題もなく終わり、
少し早かったが帰りの電車の乗り込んだ。
時間に余裕があるのでラウンジでコーヒーでも飲もうか。

するとモノレールに乗った辺りだったろうか。
右足に違和感を覚えたのだ。やけに歩きにくい。
足を見てみる。すると革靴の底が半分取れて、
歩く度に靴が口を開けて獲物を狙っているように見えるのだ。
しかもパコンパコンと音も出てしまっている。

「これはまずい。」

しかしこんな事で俺は慌てない。
冷静に思考を巡らせある結論を導き出した。

「武士はすり足で歩いていた」

試しに歩いてみる。よし、いける。大丈夫だ。ある意味俺も現代の武士なのだ。
それからというもの、他のものが浮き足立って歩く中、俺だけは物音たてずにすり足で歩く。
この歩き方で、一つ分かったことがある。
武士というものはこんなにも地に足が付いた者だったのか、と言うことだ。
ある種の感動すら覚えた。これなら勝てる。

エスカレーターでは多少戸惑ったが、それ以外は大きな問題はなかった。
強いて言えば、歩行速度が遅いために何度か後ろからぶつかられたくらいか。
なに、それも飛行機にさえ乗ってしまえばこっちのものだ。

搭乗までの時間はまだあったがじっとその時を待つ。
やがて搭乗手続きの案内が放送され、素早く反応した俺は誰よりも早く飛行機に乗り込んだ。
そしてシートに腰を下ろし安堵のため息を漏らした時、
ある妙案を思いついたのだ。　それはこうだ。

「噛み終ったガムで補修出来ないか？」

俺は出張の時には必ずガムを鞄に忍ばせる。
待ち時間などに噛んでは気を静めるのだ。
そう言えば今日は一度も噛んでいない。
俺は急いでガムを２枚取り出す。１枚では恐らく足りない。
だが３枚では時間がかかる。ベストは２枚だ。
口に放り込み噛む。味を楽しむ余裕はないが、とにかく噛む。
ようやく味が抜けて、ある程度の堅さになった頃、
静かに足を組み、隣に悟られないよう本体と靴底を貼り付けた。
思ったより粘着力があった。

勝った…。

後は宮崎までの１時間半、出来るだけの体重を右足にかけるだけだ。
リラックスは出来なかったが、苦痛ではなかった。
むしろ目の前の勝利に気分が高揚していたくらいだ。

機が着陸しいよいよ降りる時がやってきた。
試しに何度か足を上げ下げしてみる…よし、大丈夫だ。
再び勝利を確信する。

俺はソルジャーだ。現代の武士なのだ。
どんな事が起ころうとも冷静に状況を判断し切り抜ける。
だからこそ俺は今までジャパニーズソルジャーとして２４時間戦ってこれたのだ。
よし降り立とう。宮崎の大地へソルジャーとして降りｔ











「パコーーーーン！」

・・・ＯＫ、いいだろう。

今まで以上に大きく音を発したと言う事も俺への挑戦と受け取らせてもらう。
そっちがその気なら、こっちはこの気だ。
そう、再度武士に戻るまでだ。
俺は今まで以上にしっかりしたすり足で歩き出す。
人の流れではない。己の道を歩き会社まで戻るのだ。
なかなかの強敵だったが悪くはなかった。
弱い奴は嫌いだが、強い奴は好きだからだ。
よし、この事は戻り次第社長に話そう。

俺は会社の戻りその日の武勇伝を事細かに社長に話した。
俺がいかにソルジャーとして臨機応変に対応し、戦い、そして無事生還出来たのか。
もちろんライバルとしての奴の存在もだ。

そしたら社長の奴はこう言いやがった。







「空港の靴屋さんで修理してもらえばよかったのに」

この男、まるで話にならねぇ。

畜生嫌なことを思い出しちまったもんだぜ。