日々是好日

随分昔の話しになる。
残業を終え人通りの少ない交差点で自転車に跨り信号待ちをしていた俺は、
賑やかに青信号を渡ってくる美女３人が目に入った。
何やら俺をチラチラと指をさしながら歩いている。
見かけない顔だが、３人とも長い黒髪の綺麗な女性達だ。

ふっ。悪くない。

下を向き、気付かないふりして待っていると案の定声をかけてきた。

美「excuse me」
俺「！？　イエスッ!」

間違った。明らかに俺は間違った。
突然の英語と、自覚のある間違いに動揺している俺をよそに、
それでも美女達は続ける。

美「あ；ｌｓｋｄｊｆぱおうぃえｍふぁ；ｓｌｄ」

何を言っているのか分からない。それより逆ナンじゃなかったのか？
すっかり心の準備が出来ていた俺は、予想だにしない攻撃に心臓は鼓動を早め、
口の中が乾いてきた。タダでさえ残業で疲れる体に、予想を裏切った上に、
いきなりの英語は破壊力がありすぎる。

もういい。帰りたい。早く家に帰りたい。そして日本語のテレビが見たい。
仕方ない。俺は英語は話せないのだ。だったらはっきりそう言おう。

美「あｌｋじゃｐふぁｊな・・」
俺「ノォーッ！」
美「！！」

また間違った・・・のか？　分からないが、美女達の言葉は止まった。
不意に訪れた沈黙と、美女達の視線が痛い。
少し目を反らすと、何度目かの歩行者信号の点滅が目に入った。
相変わらず困り顔の美女達。そのうち１人がジェスチャーを始めた。
俺の顔を見て必死に笑顔をつくりながら、両手で丸い壺の様な形を描いている。
それを数回繰り返し、壺の真ん中に指で波形の縦線を何本か書き入れた。

？　いや、まて。どこかで見た事が・・・！？　温泉？？

俺「おんせん！？？」
美「Yes!! オンセ～ン」
俺「お～、おんせ～ん！！」
美「オンセ～ン」

何故か「温泉」という単語だけでしばし盛り上がる美女３人と瀕死の男１人。
取り合えず、始めて笑顔が作れた瞬間だ。
しかし問題は、これからどうするか。

俺はこの土地には疎い。温泉のある場所なんて分からない。
俺は相変わらず「おんせ～ん」を繰り返しながら考えを巡らせ、
ふとさっき出てきたばかりの会社が目に入った。

そうだ。会社に行けば人も居るし、情報誌の１冊くらいはある。
本を見ながら説明した方が、きっと彼女たちも分かりやすいはずだ。
取り敢えず俺は、なんとか会社に一緒に行って貰えるような単語を探した。
大丈夫。俺だって中学から高校までの６年間英語を学んだのだ。
自信を持って落ち着いて話せば、必ず通じるはずだ。

俺「あ～ん・・・」
美「？？」

俺は女性達を一人ずつ見ながら、ゆっくりした口調で話し始めた。

俺「おんせん～・・・あ～・・・(会社を指さしながら)　トゥギャザー！」

美「Ｎｏ！！！！」

速攻拒否られた。

その後お礼らしき言葉を言われ、逃げるように俺から離れていった美女達。
人のいない暗闇の交差点で、俺はタダ一人自転車に跨り






泣きながら、愛を叫んだ。





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